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ジャカルタの新塗装を考える

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本日、6月30日から埼京線では新型車両のE233系が運行されましたが、来年1月頃までには全ての205系がE233系に置き換わり、その後においても横浜線に順次E233系が導入されることから、205系の動向が注目されています。今後、これらの500両以上にもなる205系が地方へ転出となるのか、他の鉄道会社へ譲渡されるのか、それとも廃車になってしまうのか公式的な発表はいっさいありませんが、地方へ転出するにしても500両にもおよぶ車両数は必要でないと推測されますし、ジャカルタの現地メディアの報道では情報の内容にバラツキがあるものの、今年(来年分も含めて?)は180両、その後においては2018年までに毎年約160両を日本から中古車両を投入するということが報道されていますので、ジャカルタ(KCJ)に導入されるとしたらこの205系が最有力ではないかと個人的に推測しております。
205系のKCJへの譲渡が実現されるのかどうかわかりませんが、少々時間がありましたので、簡単ながらジャカルタ塗装を考えてみました。
現在、KCJ所有の車両については赤と黄色が採用され、PT.KAIの車両については青と黄色が採用されていますので、下のようにそれらの色を踏襲してみました。


前面全体を現在採用しているKCJカラーで覆ってしまうとメトロの6000系や7000系のようにあまりにも度派手になってしまいますので、帯部分に色を付けるほうがシンプルで良いのではないかと思っていますが、インドネシア人にとっては日本人には考えられないセンスがありますので、インドネシア人のセンスを考慮しながら他にいくつかのデザインも考えてみたいと思っております。

また、ジャカルタの103系ですが一昨年の夏から2代目青系塗装から東海色へと変更されましたが、またまた検査時期も近づきつつあるということで、いくつかのデザインを考えてみました。
私自身のオリジナルデザインはありませんが、左から115系にも採用されている長野色、私の地元を走る神奈中色、播但線でおなじみのワインレッド、PT.KAIの標準色です。次回検査時期に関して詳しいことはわかりませんが、検査時期が迫っているようでしたら早急に他のパターンも作成し、PT.KAIにいくつかのデザインを提出して、前回の東海色と同様に採用されることを願っております。


最後に、つい先日の現地の新聞発表によりますと2014年からKCJ管内のコミューターは10両化が実施されるとのことです。
205系が譲渡された場合においては、埼京線10両編成は問題ないかと思われますが、横浜線は8両編成ですので、足りない2両をどのように解決するのか、6扉車の動向なども気になるところです。
また、皆様にお願いですが、この記事については私の推測のもとで書いたことですので、この件に関して関係する鉄道事業社への問い合わせはご遠慮ください。



南武線にもついにE233系投入決定!

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埼京線、横浜線にE233系が投入されることから、南武線や武蔵野線などの205系についてもそろそろ何らかの置き換えの予定があるのではないかと推測しておりましたが、先程、ついに南武線にもE233系が投入されることがJRから公式発表されました。


公式発表では
●E233系6両編成(210両)を新造する
●2014年度から順次運転を開始する
●運用区間は川崎〜立川
ということですので、現在使用されている205系31編成と209系4編成全てが新車E233系に置き換わるということになります。
2014年度の何月から投入されるかについてはわかりませんが、現在、製造が行われている埼京線、それに続く横浜線の両数を考慮すると今までは考えれないペースで製造され、置き換えられた205系の置き場や処遇が気になるところです。
埼京線、横浜線、南武線の205系の総両数は約700両にもおよび、これらの車両が地方路線への転出や地方私鉄への譲渡を考慮してもあきらかに大量に余剰と予測されることから、JRとしてはコストをかけずに処分することが考えられますが、前回の記事でも述べましたようにこれらの車両をKCJへ譲渡し、ジャカルタ首都圏で第2の車生を送ってもらうとお互いにとって最も良いことではないかと個人的に考えております。
(これにあわせてKCJ側の車両留置スペースの整備が緊急に求められますが)
また、編成をちょっと考えてみたのですが、KCJは来年から10両化が実施されるということで、埼京線についてはそのまま丸ごと10両で使用できますが、横浜線は8両編成、南武線は6両編成ですので、横浜線1編成と南武線2編成分で1編成は横浜線1編成の中に南武のMM'1ユニットを入れ、もう1編成は南武の車両で6+4という編成を組めば簡単に10両編成ができます。

とにもかくにも、南武線にもついにE233系投入が決定されましたので、活躍があと僅かとなってしまった205系や209系についても、悔いが残らないように1両1両撮影しておきたいところですが、使用されなくなる205系の今後にも注目し、KCJへ譲渡という動きがあれば103系の時と同様にジャカルタまで追っかけていきたいものです。

先程、発表された南武線E233系投入、新潟地区E129系投入および仙台地区HB-E210系ディーゼルハイブリッド車両のプレスリリースは以下のとおりですので、以下を参考にしていただければと思います。
http://www.jreast.co.jp/press/2013/20130703.pdf

南武線、修学旅行列車に185系が使用開始

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今まで南武線の修学旅行列車は183系が使用されていましたが、今年6月に中原区にハンドル訓練のために185系が貸し出されたのに続き、7月11日より185系が南武線の修学旅行列車として使用開始されました。

ということで、初日の11日に武蔵中原駅での南武線車両との並びを狙うべく待っていると、武蔵中原止まりの37Fに充当されたのは先頭改造車のナハ51であり、この日は3分ほど遅れての到着でしたので、185系が入線するやいなやナハ51は素早く入区してしまい、落ち着いて撮影することはできませんでした。


私自身、205系ではやはりオリジナル顔の方が好みであり、次の日の12日はオリジナル顔のナハ34が185系と並ぶとわかっていましたので、ついつい撮影することにしましたが、この日は遅れもなくナハ34が到着しましたので、落ち着いて185系との並びを撮影することができました。


その後、185系の走行写真を撮影してみたいということで、逆光ではありますが南多摩駅で撮影してみました。
11〜13日に充当された編成は特急「はまかいじ」にも充当されるATC付きのB4編成6両編成が使用され、16〜18日にかけてはB6編成が使用されました。
秋の修学旅行列車においても185系が使用されるものと思われますが、今後、183系が使用されることはないのか気になるところです。

続、横浜線ウォッチング

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約2ヶ月ぶりになりますが、6月に横浜線ウォッチングとして横浜線の近況報告をさせていただきましたが、7月に入ってから185系に関する話題がありましたので、簡単ではありますがご紹介したいと思います。
7月3日〜5日のことになりますが、横浜線内の小机・中山〜八王子間で185系8連による修学旅行列車が運行されました。昨日、報告しましたように南武線でも7月より185系が使用されていますが、横浜線においても185系が使用され、今後も185系が使用されるものと思われます。


続いて、シーズン時の休日に運行されている特急「はまかいじ」ですが、今までサロ入りの185系7連で運行されていましたが、7月よりサロを抜いた6両編成で運行されています。
と言うことで6両編成化された早々に狙ってみましたが、特急列車はやはり1両でも長い方が見た目よさそうですね。


6月最後の休日は7両編成最後ということで、東神奈川で205系との並びを撮影してみました。185系がゆっくりと3番線に入線し、運転停車しますので、205系との並びを一瞬狙えますが、これが6両編成になりますと、おそらく停止位置は以前と変わらない位置かと思いますので、撮影する上では若干難しくなるのではないかと思われます。


最後に特に変わらぬ横浜線の205系ですが、来年春からE233系が投入されるということで、徐々に205系を撮影すべき時期に入っていると個人的に思っていますので、時間のある時にはスクーターで沿線に出没し、撮影を楽しんでおります。ただ、私の個人的な趣味として南武線のように幕式は好みなのですが、横浜線の車両は前面の行先表示は全てLEDであり、しかも横浜線と行先が数秒置きに交互に表示され、横浜線表示よりも行先表示のほうが好みの私にとって、走行写真を撮影する上では半分の確率で横浜線表示となり、ガッカリしてしまうことが多々あります。


来年の今頃にはこの路線にもE233系の姿を見ることができ、もちろん、南武線においてもE233系が初めて投入されている頃ではないかと思いますが、横浜線や南武線の205系もKCJへ譲渡されることになるのか、譲渡されるとしたらどのような編成を組むのか、これらの205系の行方も大変気になるところです。それよりもまずは埼京線の205系の動向が気になるところですが、KCJへの譲渡に向けての動きがどうも遅いことに本当に譲渡されるのかと疑問を感じているところでもあります。

南武線ウォッチング-2013年8月

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先日の日曜日、恒例の南武線ウォッチングを行いましたので、報告させていただきます。
まずは稲城市内で進められています連続立体交差事業ですが、南多摩駅では8月5日から高架下に設置されている本屋が使用され、今まで使用されていた仮本屋は8月4日をもって閉鎖されました。


また、南多摩駅高架ホームでは上下線の仕切りが外され、上り線の軌道敷の様子や北側に広がる多摩川をはじめ、府中街道の是政橋を見渡すことができるようになりました。


稲城長沼駅においても上り線ホームが完成しつつあり、現在、高架ホームから駅本屋まで長い通路も、上り線高架完成時にはその長い通路も通らなくてよくなるものと思われます。また、高架上り本線は現在使用されている上り仮線の上空にあたる部分もあるため、高架上り中線が本線代わりに一時的に使用されます。


高架完成時には高架上り中線が一時的に本線として使用されるため進入速度は45km/hとゆっくり進入することになります。また、この駅から当分の間、上り線を撮影する上では良い撮影地にもなるかもしれません。現在使用されている205系や209系、来年7月から登場するE233系も撮影しておきたいところです。


それから、この上り線高架の完成時期についてですが、稲城市の公式発表で平成25年度末から今年以内へと変更され、少々早まっております。

この他、稲城長沼駅の構内には以下の写真のようなポスターが貼られており、既に利用者に対して新型車両のE233系が南武線に導入される告知が行われていました。


最後に少々時間がありましたので、南武線も撮影してみました。するとオリジナル山手車の中で川崎方のみが唯一編成札を使用しているナハ35を撮影することができました。

さよなら国電リバイバル1000系貸切りツアー開催

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秩父鉄道では現在活躍している3編成の1000系が今年度末までに引退するとあって、8月17日と31日に秋に一足先に引退するスカイブルーの編成と来年3月に引退するオレンジの編成の2本の編成を連結し、6両編成で熊谷〜三峰口間を専用貸切列車で1往復運転されることから、17日朝、スクーターで自宅の町田からはるばる秩父路へと撮影に行ってみることにしました。
国電カラーが登場した2007年から歴代の秩父鉄道色が登場した2009年頃にかけてよくスクーターで秩父路へと撮影に出かけたものですが、近年、1000系が続々と引退する中、自然と遠のいてしまったものの、3ヶ月前に広瀬川原車両基地で開催された「2013わくわく鉄道フェスタ」で1000系のスカイブルー、オレンジ、秩父鉄道色の3色揃い踏み以来のスクーターでの遠出であり、通い慣れた道を久しぶりに通るのも懐かしく感じられ心地良いものでした。


順光で撮影できる場所ということで考えますといつも利用している影森駅の三峰口寄りの直線区間であれば良い条件で撮影できると思い、自宅を8時前に出発し、目的地の影森には10時過ぎに到着しました。1時間ぐらい前であれば撮影場所も確保できるのではと思いきや先客はお二人だけであり、人気がないのかと思っておりましたが、どうも車で追っかけてきた方が多くいたようで、列車の通過する15分ぐらい前からみるみる増えていきました。
問題はスカイブルーが先頭となるのかオレンジが先頭になるのか、私にとってはどちらでも良いのですが、私が予想していたように先頭がスカイブルーでした。国鉄時代に101系でスカイブルー+オレンジの混色編成があったのかどうか考えてみましたが、おそらく京浜東北線や中央線、南武線での混色の可能性はあったかもしれませんが、実現は1度もされていないのではないかと思います。スカイブルーの101系自体、京浜東北線と南武線で活躍し、スカイブルーとの混色編成となると南武線のカナリアがあり、京浜東北線で関西線用のウグイス(黄色帯なし)との混色があったかどうかではないかと思われます。


続いて、先程の列車が三峰口で撮影会があるというものの、この撮影会に参加できるのはこのツアーに参加された方だけでありましたが、パンタの付いているクモハ100形のみの撮影だけであり、101系オリジナルに近いクハ101形のほうは撮影会の対象ではなかったようです。
6連で組成されていた編成は撮影会の為に1度切り離され、お互いに並べられたものの30分程で撮影会は終了し、再びこの2本の編成は組成されましたが、私の予想ではスカイブルーの編成が三峰口寄り(うしろ)ではないかと予想していたものの、スカイブルーが先に引退するということもあるのか熊谷寄りの先頭に組成されました。
戻りの列車を順光で撮影するとなるとかなり条件は厳しいもので、荒川にかかる長瀞まで行くことも考えましたが、あの橋梁でさえ6両全部を撮影することはほぼ無理と考え、お隣の白久駅のカーブへと行ってみました。
ちょうどSLが通過する時間とあって無闇に線路に近づけるような状況でもなく、ただひたすらにSLが通過するのを待ち、通過後、撮影場所へと向かったものの、そこには場所取り用のたくさんの三脚が置かれていました。
しかしながら、私はその背後から狙うことができました。
31日は今度はオレンジが先頭になるのではないかと予想されますが、この日は残念ながら撮影することはできず、おそらく南国の203系あたりでも撮影しているのではないかと思います。
このお話は9月に入ってからご報告させていただきたいと思いますが、どうかお楽しみに。

奈良線で活躍するスカイブルーの103系

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18きっぷのシーズンには必ずと言ってもいいほどこの切符を使いますが、今年の春は一度も西日本方面へ訪れず、久しぶりに103系の撮影に行きたくなり、22日朝早く、関西へ普通列車を乗り継いで行ってみることにしました。
本来であれば時間を有効に使うため「ムーンライトながら」で行くことが望まれるのですが、近年においてはこの列車自体も臨時列車化されてしまい、2009年まで運行されていた元々の臨時列車も現在では運行されておらず、この列車の指定券を乗車する当日に取るにはほとんど無理のようです。ですので、朝4時起床し、自宅から約40分あまりを歩き、小田急線町田駅で始発列車に乗車し、まずは京都を目指すことにしました。京都には13:13に到着し、もちろん103系が活躍している奈良線ホームへと行ってみました。すると10番線にはスカイブルーの103系が停車しており、まずはこの編成をどこかで撮影してみようということで後続のみやこ路快速の列車で狙うことを考えていましたが、この列車が京都を発車した直後にもう1本のスカイブルーが到着しました。
最近のスカイブルー編成の運用状況が私にとってはまったくわからない状況でしたが、予め時刻表に103系と221系の所定の代走運用を色分けしておきましたので、スカイブルー2本ともに221系代走運用に充当されていることがすぐに理解できました。これであれば上狛でスカイブルー同士の並びが撮影できるということで、まずはその並びにチャレンジしてみました。
奈良線用のウグイスとスカイブルーとの並びも良いものですが、日常、ウグイスの103系が走る奈良線でスカイブルー同士の並びはもしかしたら貴重なのかもしれません。


23日は金曜日であり、運用上、奈良線の221系代走運用には通常であれば103系1本のみが充当されますので、1本はもしかしたら大阪環状線に乗り入れる関西線103系4+4の運用に充当されることも考えられるのですが、私はその可能性にかけてその列車が通過する1時間前(7時ちょうど)に順光で撮影できる福島へ行ってみました。するとギャラリーはだれもおらず、しばらくはオレンジの103系や201系を撮影しておりましたが、20分ほど前から俄にギャラリーが集まりました。すると来たのは残念ながら全てウグイスの編成でしたが、スカイブルーを除いて2編成しかない貴重なシールドビーム改造のT'c168であり、今年冬に撮影した車両でもありました。


この1枚を撮影したあと、もう1周待って撮影しても良かったのですが、221系の代走運用にスカイブルーが充当されているのか確認すべく王寺へ行ったり、関西線内で6連の103系を撮影したのち、無難に撮影できる宇治の橋梁へ行ってみました。天候が急激に悪くなり、雨が降り出しそうな感じでしたが、何とか持ち堪えてもらい撮影することができました。


最後は京都での行き止まり式のホームを活かして、ウグイスとの並びを撮影してみようということで、スカイブルーが221系などの運用に充当された場合、何度か並びのシーンを撮影することができますが、問題は晴れた場合に影が出てしまうことと、9番線と10番線で線路面の高さが若干違うということで、少々苦労してしまうようです。


しばらくはこの2本のスカイブルー編成の活躍が見られそうですが、厳密にいつまで続くのかわかりませんので、また、このスカイブルー編成を中心にできるだけ早く再び追っかけてみたいと思っています。

PNR(フィリピン国鉄)近況報告

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前回、フィリピンの訪問は4月で挙式を行ってきましたが、その後、5月31日に無事に健康な男の子が生まれ、できるだけ早く我が子に会うことを予定していたものの資金不足などにより渡航が遅れていましたが、台北をベースとするチャイナエアラインでLCC並みの価格のものがありましたのですぐに購入し、8月31日〜9月3日にかけてフィリピンに滞在しました。
独身時代であれば好きな所へ行くことができますが、我が子もまだ3ヶ月であり、できるだけ家族水入らずの生活をすることが義務でありますので、なかなか自由な時間は取れませんが、向こうの実家もPNR(フィリピン国鉄)のSta.Rosa駅に近い所にあり、Alabang〜Calamba間で進められているコミューター化工事の観察や1日だけTutubanにあるPNR本社を訪問することができましたので、簡単にご紹介させていただきたいと思います。

まずはマニラ周辺で運行されているコミュータートレインの話題から述べていきたいと思います。
現在、コミュータートレインはラッシュ時、日中ともにTutuban〜Alabang間で30分毎に運行されていますが、203系に新たに発電機を搭載された車両が増備され、203系の編成数は7編成までにおよんでいます。


203系の編成表は以下のとおりで、全て4両編成です。カッコ内は現場で使用されている車両番号と思われます。
発電機の取り付け位置は基本的にAlabang寄りのTc及びT'cの前位にありますが、01編成のTc203-107は後位にあり、07編成の発電機はM203-10に容量の小さい100KVA(冷房使用は不可)が取り付けられています。
←Tutuban                    Alabang→
01 T203-9(01D)+M'202-7(01C)+M203-11(01B)+Tc203-107(01A)
02 M'202-12(02D)+M203-7(02C)+M'202-11(02B)+T'c202-4(02A)
03 T203-10(03D)+M'202-9(03C)+M203-9(03B)+Tc203-5(03D)
04 M203-14(04D)+M'202-10(04C)+M203-13(04B)+Tc203-4(04A)
05 M203-12(05D)+M'202-120(05C)+M203-121(05B)+T'c202-3(05A)
06 T203-7(06D)+M203-15(06C)+M'202-15(06B)+T'c202-3(06A)
07 T'c202-107(07D)+M203-120(07C)+M'202-8(07B)+M203-10(07A)
07編成のみ先頭車がTutuban寄りに位置し、編成内の車両の向きも逆になっています。


現在、Alabang〜Calambaの駅(小さな駅は除く)でホームの嵩上工事が実施され、今年10月頃を目処にSta.Rosaまでコミュータートレインが延長運転される予定です。計画ではTutuban〜Sta.Rosa間の1日の本数が20往復、Tutuban〜Alabang間の本数が9往復となる予定で、Alabang〜Sta.Rosa間ではラッシュ時は30分毎、日中は1時間毎の運転になるかと思われます。Sta.Rosa延長運転後は、順次Calambaまでコミュータートレインの延長運転を予定しているようですが、Calambaまでの延長運転の詳細な時期について明確にはわかりません。
また、この延長運転に伴い、車両が足りなくなることが予想されますので、新たに203系2本(編成番号08、09)をSta.Rosa延長運転時までに用意する予定であり、この2本分の車両はCaloocan工場に入場し、あとは発電機の到着を待っているようですが、発電機搭載には約1週間あれば対応できるようです。(編成08、09になる車両番号は不明)
この他、DOST(科学技術庁)の研究開発用になる予定の1編成については、将来的にPNRに戻されるように要請しているとのことです。

以上、述べましたように203系が7編成分整備され、韓国Rotem製造のDMUは全部で6編成分在籍しているものの2編成が事故によって稼働できませんので、コミュータートレインに203系が充当されることが多くなり、ほぼ6割程度は203系によって運行されています。

下の写真はTutuban駅の構内で6編成分の203系が見えますが、このような光景は今となっては当たり前のようで、以前、Tutuban〜Biñan間のCommexで使用されていたボロボロ12系の姿は見ることができませんでした。


下の写真は07編成のM203-10(07A)で、ほとんどの車両は先頭車に発電機が搭載されていますが、この車両だけ中間車に発電機が搭載され、排気用の通風口が貫通扉に設置されています。


現在、PNRの203系は1編成が4両編成であるため、計10両が余る計算になります。編成を組んでいない車両は帯がエメグリのまま留置されていますが、今後、これらの車両は予備となるのか、新たな編成を組成することになるのか、それとも部品取用となるのかわかりませんが、次回の訪比の際にPNRの幹部に質問してみたいと思います。


下の写真はPaco駅で撮影したもので、頻繁に203系を見ることができ、場合によってはキハ52国鉄色とのツーショットの撮影も可能です。車両の向こうに見えるのがPaco駅の新本屋になる予定であった建物ですが、長年、建設がストップしてしまい、雨ざらし状態のままになっています。Pacoの駅前にあるキリシタン大名として知られている高山右近の銅像もきっと嘆いているに違いありません。


以上、203系について述べましたが、続いてキハ52についてご報告します。
キハ52国鉄色3両については、Tutuban〜Alabang間のコミュータートレインに充当されることが度々あり、主にTutuban9:37発、14:37発の列車に充当されることが多いようです。新潟色からブルートレイン色に塗り替えられた3両は、Bicol地方のSipocot〜Naga間に充当され、唯一新潟色のままであるキハ52-123は部品取用としてTutubanのヤードに留置されていました。(今回、キハ52-123は撮影しておりません)


続いて、韓国Rotem製のDMUですが、先程も述べましたように計6編成中、2編成が事故により離脱しており、通常3編成が運用に充当、1編成が予備となっています。離脱している2編成については、損傷が酷いことや相当な修繕が必要であり、この修繕にかかる費用も相当なもののようですが、費用の負担についてはDOTC(通信交通省)が来年中までに用意し、用意ができしだい修繕にかかるようです。


その他、コミューター関係では、今年中にCaloocanまで開通させる予定ですが、今回、Blumentritt〜Caloocan間の保線状態がどのようになっているのか見に行く時間がありませんでしたので、次回の訪比時にでもCaloocan工場の見学、建設がストップされているNorth Railとともに確認してみたいと思っております。

次にManilaとBicol地方を結ぶ列車についてですが、昨年、Lucena付近で大雨によって発生した橋崩落によって、この区間の列車運行は依然ストップしたままであり、DOTC側はこの区間の運行再開に対して許可を下ろしていない状況が続いています。PNR側としてはいつでも運行再開ができるように準備が出来ており、Bicol Exp.で使用される14系寝台車、12系座席車はほとんどの車両がオレンジ帯にブルートレイン塗装となっています。開通の見込みについてはDOTCの判断に委ねていますので、今のところ具体的な時期についてはわかりません。


また、キハ59こがねもTutubanヤードの片隅に留置され、運行再開時にはIsarog Exp.として再び使用されるのか、昼間用の列車としてBicol方面に使用されるものと思われます。


この他、PNRと台湾の間でPNR向けに主にDL車両などの譲渡の動きがありましたが、今年5月にフィリピン最北端付近のバリンタン海峡で発生したフィリピン警備船から台湾漁船への銃撃で乗員1人が亡くなったことにより、この動きも中断されたままの状態になっています。日本からの譲渡車両についても連絡待ちという状態が続いており、具体的な動きはないようです。

最後にTutuban駅構内及び車庫を含めたヤード内の撮影ですが、必ず許可がないと撮影できなくなっておりますので、駅構内のインフォーメーション受付で許可を取得しなければなりません。(撮影許可が出るかどうかはわかりませんので、事前にPNRに連絡していただくことをお薦めします)許可なく撮影しているとすぐに警備員やPNR社員に呼び止められ、許可を必ず取得してくださいと忠告されますのでご注意いただきたいと思います。

以上、PNRの近況を簡単に報告させていただきましたが、次回はコミュータートレインが延長運転されるAlabang〜Calamba間の最近の様子について報告したいと思っております。


Alabang〜Calamba間、コミューター化工事進捗状況

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昨日のPNR(フィリピン国鉄)近況報告に続き、本日はAlabang〜Calamba間約28kmのコミューター化工事の様子について述べていきたいと思います。
以前、この区間については、Northrail-Southrail Linkage Project Phase 2という韓国支援の元で整備を進めていくと述べたかもしれませんが、現在、この区間ではフィリピン政府支援の元でホームの嵩上工事などが進められております。嵩上工事が進められている駅で確認ができた駅は、Muntinlupa、San Pedro、Santa Rosa、Calambaで、BiñanやCabuyao、Mamatidでも嵩上工事が進められているかもしれません。
昨日も述べましたように今年10月頃にコミュータートレインの終点が現在のAlabangからCommexの終点であるBiñanの1つ先のSanta Rosaに延長する予定で、1日の運転本数がTutuban〜Santa Rosa間が20往復ということで、ラッシュ時において30分毎、データイムにおいては1時間毎の運転になるのではないかと予測されます。
Alabangはマニラ南郊の交通結節点であり、それよりも南のBiñan、Santa Rosa、Calambaなどの街からマニラ方面に多くの交通需要があるにもかかわらず、それらはSLEX(South Luzon Expressway)、National Highway(一般道路)からのバス、FX(乗合タクシー)、ジープによる輸送手段のみとなっています。PNRがAlabang〜Calamba間を整備し、コミュータートレインを運行できるようになれば、バスやジープなどの利用客がPNRにシフトしてくることが予想されますが、この区間の複線化も視野に入れて整備されることが望まれます。

それではSan Pedro、Santa Rosa駅とCalamba駅周辺の状況を見て参りましたので、簡単にご紹介したいと思います。

まずはSan Pedro駅ですが、今年4月28日に報告させていただいた時点で、6月に完成すると述べましたが、現在も完全に完成していないものの屋根の取り付けが行われており、工事は最終段階を迎えている状況ではないかと思います。
ホームの長さは120mで6両が辛うじて使用できる長さであり、このあと紹介しますSanta RosaやCalambaなども120mで整備されています。また、本屋の色は水色が使用されており、これはSanta Rosa駅に倣って採用されたと関係者が述べていました。
Tutuban〜Biñan間に運行されているCommexはここから南にある旧駅舎を使用しているのではないかと思いますが、コミュータートレイン運行時にはこちらの新しいホームが使用されるものと思われます。


続いてSanta Rosa駅ですが、先程のSan Pedro駅よりも完成度が高く、ほぼ完成している状況です。
この駅はNational Highwayの旧道であるRizal Blvd.に近接しており、Santa Rosaの市街地、バスやジープの交通結節点で大型商業施設のあるBalibago Complexにも近いことから、コミュータートレインの運行に伴い多くの需要が見込めるのではないかと思われます。
ちなみにここからMakatiの近くのEDSA(Mgallanes)までエアコン付きバス(SLEX、Skyway経由)を利用した場合、所要時間で約45分(約60ペソ=120円)、鉄道であれば約1時間(20ペソ=40円)になるかと思われます。スピードではバスに勝てないものの運賃では1/3という安さであるため、ある程度、RNRへ利用客がシフトされるものと思われます。


あとは機回線を設置しなければなりませんが、ホームの先にそれぞれ1箇所ずつポイントが設けられる予定で、そのポイントも駅の南側で交差するRizal Blvd,の踏切付近に置かれていました。


続いて、Santa Rosaまでのコミュータートレイン運行後、Calambaまで早い時期にコミュータートレインが延長運転されると思われますが、こちらの駅の状況も見てみたいということでCalambaまで来てみました。
Calamaba駅も先程のSan PedroやSanta Rosaなどの駅と同様にホームの嵩上工事などが実施されていました。進捗状況はCalambaは後回しになっているせいか、先程紹介した駅よりも整備が遅れていました。


駅にはPlasser & Theurer社のマルチタイタンパーや砕石貨車が留置されていました。
向こう側に見える山がMakiling山で1090mあります。


駅の北側をクロスするJP Rizal St.付近には線路沿いに市場が展開され、さらにその北側には大きな鉄道橋とその鉄道橋に沿うように歩道用の橋も設置されています。ここからは違法ではありますがスケータがSanta Rosa(Alabang)方面に頻繁に出発していました。


Calambaと言えば長年San Cristobal Bridgeが台風によって崩壊したため通れませんでしたが、その橋を見たいがためにスケーターに乗ってみることにしました。ちなみに上の写真はSan Cristobal Bridgeではありません。


スケーターにはエンジン付きのものと足で単純に漕ぐものと2種類あり、エンジン付きはご要望に応じて値段交渉でどこまでも行くとのことですが、Calambaの街の中心地に位置する3年前に開店したデパートのSMにこのあと用事がありましたので、 とりあえず、その橋まで行ってみることにしました。およそ3km走ること2つの鉄橋が見えてきました。これがSan Cristobal Bridgeということで教えてもらったのですが、複線化用にもう1つの橋も完成しているもののレールは引かれておらず、過剰な投資にも感じてしまいました。


再びこの橋からスケーターでCalambaに戻りましたが、Calamba〜この橋までの料金がふっかけられるのかと思いきや片道10ペソ=約20円という良心的な値段でありました。
下の写真はSan Cristobal Bridgeを渡るスケーターで、多い時は10人ぐらい乗車できます。


ということで、Alabang〜Calamba間の整備状況などをお伝えしましたが、最後にAlabang駅の計画について簡単にご紹介します。
Alabang駅は新Alabang駅、旧Alabang駅ともにありますが、全ての列車(Bicol方面への列車も含めて)は新Alabang駅の1面1線を使用し、203系については本線の脇に側線がありますので、その側線で機回しを行っています。
将来的に旧Alabang駅も併用して使用されるのか、下の図のように計画されている新Alabang駅の配線どおりとなるのか検討中ということで、今のところどのようになるのかわかりません。(この通りだと機回しできませんが)
今回はAlabang駅付近の観察は行っておりませんので、次回、時間がありましたらこの駅とSucat〜Alabang間の複線化工事状況の観察を行ってみたいと思います。


次回の話題は飛行機の中からマニラの街やフィリピン最北端付近を眺めることができましたので、簡単にご紹介したいと思います。

空からフィリピンを見てみよう

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先日のお約束どおり、本日は飛行機の中からいろいろと景色を楽しめましたので、「空からフィリピンを見てみようと」題して、いくつかの写真をお見せしたいと思います。
今回は先日も述べましたように台北をベースとするチャイナエアラインを利用しましたので、成田〜台北(桃園)、台北(桃園)〜マニラの路線を使いましたが、成田〜マニラ間をダイレクトに飛んでしまうと窓の外はほとんど海しか見えませんが、両区間ともに海岸沿いを飛びますので、ある程度地理や地図好きな方であれば、景色を十分楽しむことができます。
私にとっては空の旅でも景色を見ることは1つの楽しみですが、小心者の私にとってはトイレに行く場合、窓側の席に座ってしまうと通路側の席や場合によって中央席の乗客に断る必要がありますので、よっぽどのことがないかぎり、いつも通路側の席を取ることにしています。
しかしながら、先日、マニラ〜台北間を利用する際、通路側は空きがないとのことで進行方向右側の窓側に座ることになったのですが、これが私にとってはラッキーでした。
CI702便はマニラを定刻10:35に出発し、マニラ空港を飛び立ち、機体はCaviteの砂嘴が見えた所で大きく右に旋回を始めました。100度ほど右に旋回したのち北に進みましたが、すると眼下にマニラ湾とマニラの街を見渡すことができました。

順に説明しますと、下の写真はマニラの中心地にある城壁都市のIntramuros、フィリピンの英雄であるホセ・リサールが処刑された場所でもあるRizal(Luneta) Park、マニラの母なる川Pasig Riverなどが見えました。


続いて下の写真ですが、右下の赤い建物が見えるところが、以前のPNR(フィリピン国鉄)のTutuban駅です。現在はTutuban Center Mallという商業施設になっており、その左側(北側)の緑がTutubanのヤード付近でその右側(南側)にぽつんとある赤い四角の建物がTutuban駅です。


さらに北側に進むとPNRのデルタ線(三角線)が見えました。上側(東側)がBlumentritt駅、左側(北側)に延びる線路がCaloocan方面になります。


続いて、Caloocanの中心地、Monumento付近です。
LRT1号線はフィリピンのヒーローの1人であるAndres Bonifacioの銅像付近で針路を北から東に90度曲がり、North Ave.方面へと向かいます。
私が思うにはLRT1号線はこの銅像の真上を越えて、Navotas方面へと向かった方が良いのではないかと思っていましたが、Andres Bonifacioの持っているitak(刀)で線路を切られるのが怖いのか、見事に線路を90度曲げられてしまいました。
写真の下にPNRのCaloocan工場が見えます。


先程のLRT1号線Monumneto駅近くにあるAndres Bonifacioの銅像は下の写真のとおりです。
Andres Bonifacioはマニラの貧困地域のTondoで生まれ、学歴はありませんが貧しい中、独学で勉学に勤しむとともにスペインの植民地支配から解放されるために秘密結社「Katipunan」を創設しました。しかしながら、同じく植民地支配から独立を目指し、のちにフィリピン初代大統領になるEmilio Aguinaldoによって彼の離反を恐れ処刑されてしまいました。


このあと、機体は高度を上げ、下界の視界は雲だらけになりましたが、40分ほどでルソン島最北端付近のClaveria付近に至りました。
今から約20年前の1994年、私はここで3日ほど滞在したことがあります。


下の写真は当時のClaveria付近で撮影したもので、モノクロ写真のためセピア調に変えてみましたが、この周辺は水田などが広がる農業中心の地域であります。


ここからバシー海峡を越えて、台湾島南端の鵝鑾鼻を目指します。
先程のルソン島Claveriaから約20km北側にFuga島が位置すます。20年前のClaveria滞在時において、ルソン島からこの島を眺めることはできませんでした。


更に先程の島から10km北上するとDarupiri島が位置します。
天気図を書く人であればおなじみのBatanes Province州のBascoは飛行機の航路から少し東に位置しますので、残念ながら見ることはできませんでした。


先程ご紹介したBascoは1994年に行きましたが、とても静かな地域であります。
私が滞在していた時に台湾人の実業家が自家用飛行機で仲間を引き連れて訪れたのですが、この方は日本人と変わらぬ日本語を話し、シベリア鉄道で旅行された話しを今でも記憶しています。
また、沖縄県の先島諸島からここまで直線距離で僅か約500kmと近いことから、夜間、宿の従業員からラジオを拝借し、日本からのラジオ放送を聞いて感動したことを思い出します。


いかがでしたでしょうか。いつも鉄道の話題ばかりですが、今から20年前にフィリピン全土の旅をしたことがありますので、フィリピンの各地の話しも時間がありましたら、このブログ上でお届けしたいと思っております。

Selamat datang ke Jakarta. 205系、ジャカルタに到着

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またまた更新がご無沙汰になってしまい申し訳ありません。
前回の更新から1ヶ月以上が過ぎてしまいましたが、リンクさせていただいているパクアン急行様のJABODETABEK COMMUTERS NEWSのご報告のとおり205系の第1陣30両が11月3日、ジャカルタのTanjung Priok港に到着し、早速、車両が陸揚げされました。
陸揚げされた車両はレールの上に乗せられ、その後Balai Yasa Manggaraiに運び込まれたようで、今後、転入整備が行われるものと思われます。
KCJ管内は現在のところ有効長10両編成対応化工事が実施されているものの完全に完了しておりませんので、当面8両編成として使用されることが予想されますが、ご存知のように譲渡車両には6扉車が含まれていますので、これらの6扉車を含めて組成されるのか、それともMGの付いていないMM'ユニットを組み込むのか注目されます。
また、帯の色も従来の埼京線のラインカラーである緑からKCJの標準色である赤と黄色に変更されるのか、先頭車には女性専用車を示す装飾がされるのか、こちらも気になるところです。

(写真はBpk.Suroさん所有)

ところで、先日10月14日に譲渡される205系を見に新潟東港に行って参りました。
第1陣の205系30両は敷地内の西側に2列に15両ずつ並べられており、東側に第2陣の車両が並べられ、ちょうどこの日の深夜に新津からトレーラーで運び込まれた車両もありました。




9月以降、ジャカルタへの譲渡に向けて頻繁に新潟に205系が運び込まれ、今後もそのような動きがあるものと予測されますが、気がついてみれば埼京線で活躍する205系も8編成となり、全体のうちの1/4までに急激に減り、いよいよカウントダウンの時期に近づいてきました。同時に横浜線用のE233系のお目見えも間もなくではないかと思われますが、横浜線の205系や南武線の205系もジャカルタへ譲渡されることになるのか気になるところです。


205系第2陣20両のジャカルタ到着もあと1週間ぐらいかと思いますが、私もマニラに居る子供や妻に会いに行くついでに、少し足を延ばしてジャカルタに訪問し、205系の動向や去就が気になる103系の状況を確認しに行ってみたいと思っております。

ジャカルタ103系運用情報

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またまたのご無沙汰になってしまいましたが、実は今月6日から15日にかけて子供と妻のいるマニラを訪問し、そのついでに足を延ばしてジャカルタに丸3日間行ってきましたので、これからその遠征の話題をお届けしたいと思っております。
まず、成果から述べますと今回のミッションはジャカルタの103系の運転士、並びにマニラのPNR203系の運転士のレポートをお届けすることを予定しておりましたが、ジャカルタではSerpong線で発生した列車とタンクローリーとの衝突事故により、乗務員室乗車の許可を受けることができず、マニラにおいてはPNRのクリスマス行事と重なり、こちらも乗務員室乗車の許可が得られませんでしたので、残念ながらこれらのレポートは次回へ持ち越しということで、いつもどおりの運用状況を述べることにとどまります。
また、ジャカルタにおいては今回の目玉である205系についても、後日、103系運用情報に続いて説明等を行っていきたいと思っています。


それでは私が最も注目しているジャカルタの103系から簡単に運用状況などを説明していきたいと思います。
ジャカルタでは9日から11日まで丸3日間滞在しましたが、103系8両編成1本が毎日運用されていました。
その編成は以下のとおりです。(編成の向きが逆の場合もあります)
←Jakarta Kota/Jatinegara T'c597 T246 M'231 Mc105 Tc359 M654 M'810 T'c384 Bogor→

運行区間はJakarta Kota〜Bogor間とJatinegara〜環状線経由〜Bogor間で運用されており、毎日同じ運用には充当されていませんでした。
PT.KAIの運用表での103系運用は以下が基本ですが、車両故障、遅れ等のトラブルがあるたびに違う運用に充当されることが多くあります。
(Jak=Jakarta Kota、Boo=Bogor、Jng=Jatinegara)
Boo6:19→Jak7:41 7:51→Boo9:13 9:41→環状線経由→Jng11:39 11:59→環状線経由→Boo13:58 14:24→Jak15:45 15:58→Boo17:19 17:58→Jak19:19 19:43→Boo21:04


滞在2日目の10日朝方は窓ガラスが割れるトラブルがあり、急遽Bukit Duri車庫に収容されました。


検査からおおよそ2年も経っていますので、シートに汚れも目立ち始め、東急車の一部ではシートが破れている車両も見受けられました。


運用に充当されていないもう8両は全てDepok車庫に留置され、運用に充当されている気配は見られませんでした。
Tc815 M752 M'2009 T'c822の編成は見た目の状態はよさそうなのですが、問題があるのかどうかわかりません。


この編成のTc822前照灯下部は煎餅のように外板が膨れあがっていました。


一方、もう4両編成のMc153 M'321 T210 T'c632はEkonomi車両と203系中間車に挟まれて留置され、長い間動いている気配がありませんでした。
これらの運用についていない8両は今後も使用する予定があると一部の社員は述べていましたが、今後、多くの205系が活躍するに従い本当に復活するのかどうか気になるところです。


しばらく使用されていないこともあり、錆や黒ずみが目立つようになりました。


今回は103系の運用状況等について簡単に報告しましたが、後日は205系について報告させていただきたいと思っています。

ジャカルタの205系、いよいよ運用開始か?

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昨日はジャカルタで活躍する103系について報告しましたが、本日は今回の遠征のメインとも言っても良い205系について報告します。
11月3日に205系30両が到着したのを皮切りに遠征時までに計3隻70両が到着し、そしてつい最近、4回目の計30両が到着し、合計10編成100両に至っています。到着別の編成内訳は1回目がハエ7,15,11、2回目がハエ25,14、3回目がハエ13,24、そして4回目がハエ4,26(オール4扉),23でありますが、私がジャカルタに滞在していた時点(12月9から11日)での各編成の状況は、1回目に到着したハエ7,15,11の3編成が整備を終え、ハエ25が整備中で、これらの編成はDepok車庫におりました。ハエ13と14はBukit Duri車庫、ハエ24はBalai Yasa Manggaraiに留置され、それぞれ整備待ち状態でした。

下の写真は転入整備を終えたハエ15と11で、KCJカラーになってもあまり違和感がないようです。


Tcには10号車を示すKCJ独自の号車番号のステッカーが貼付けられており、運用開始時から8両編成ではなく、10両編成で使用される予定です。
運用区間については、基本的に中央線・Bogor線系統と環状線・Bogor線系統に投入される予定で、Jakarta Kota駅については、11番線及び12番線は8両までの有効長にしか対応されていませんので、運用開始時には9番線と10番線を使用する予定ですが、信号設備が10両対応でありませんので、臨時的に何らかの措置が取られるものと思われます。


KCJのロゴマークも取り付けられ、低床ホーム用に中間の2つの側引戸下にはステップが取り付けられています。


6扉車についても中間の4つの側引戸下にステップが取り付けられています。
編成の構成については埼京線と同じ組成となっており、このまま使用されるものと思われますが、各編成の向きは統一されていません。(逆向きもある)
また、6扉車の椅子使用は常時使用されるものと思われますが、この点については担当者には質問しておりません。


Depok車庫の奥の方を覗いてみるとハエ7が整備を終え、ハエ25が整備中でした。
このような姿は今でしか見られないのは残念ですが、103系譲渡時のように元のカラーで運用されると趣味的に面白いのですが実現は無理でしょうね。


反対側を見るとハエ25の前面にはKCJカラーが施されておらず、夢のKCJカラーと埼京線カラーのツーショットが見られました。


下の写真は翌日もDepok車庫にお邪魔させていただいたのですが、ハエ25は埼京線カラーからKCJカラーへの変更が実施されている途中で、赤鬼状態になっていました。


ハエ25の中間車はというと整備途中ですが、このようなカラーリングも見れました。


一方、ハエ13と14はBukit Duriに留置中で、いずれは整備を受けるためDepokへ移送されるものと思われます。


205系の営業開始時期については、私がジャカルタに滞在していた時点では12月15日から2編成が使用開始される予定と複数の担当者から聞いておりましたが、現時点では営業されているという情報は受けておりません。いずれにしてもそろそろ営業開始が近いのではないかと思いますが、10両編成が運用開始されることによってJakarta Kota駅では暫定的に9番線と10番線しか使用できず、Manggarai駅についてもホームの中央付近に2箇所の線路を横断する通路がありますので、混乱を来す可能性もあり得るのではないかと個人的には想像しています。
今後の予定としては、Jakarta Kota駅の11番線及び12番線は来年2月頃までに10両編成に対応すべく工事を完了させるとのことで、3月までには譲渡予定全ての計180両の転入整備を終える予定のようです。

来年の春頃には205系が頻繁に走っている姿を見ることができるのではないかと想像していますが、譲渡から10年も経つ都営6000形や103系の去就も気になるところで、これらの形式もまだまだ活躍してほしいと個人的には願っています。

最後に今回の各車庫への訪問は、事前に許可証を入手の上、撮影を行っています。

ジャカルタ203系運用情報

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一昨日、昨日は103系と205系について報告しましたので、今回も同じJRの203系について簡単に報告します。
2年前の2011年に203系5編成50両が譲渡され、すっかりジャカルタの街に溶け込んだ印象を受けますが、現在、203系は8両編成として使用され、あまりの中間車ユニットはDepok車庫に留置されています。

下の写真は環状線からBogor方面に向かう203系をManggarai駅付近で撮影したもので、203系に限らず独特の黄色の行先表示を掲げて走っています。Bukit Duri車庫には多くの黄色い行先表示板が用意されていましたので、今後は多くの列車に掲げられるのではないかと思われます。
なお、撮影する上では最も有利なこのManggaraiのお立ち台、PKDや駅員に見つかると「許可証を取ってください」と言ってきますのでご注意ください。


203系の運用表上では基本4運用が設定されており、103系と同様に中央線・Bogor線系統と環状線・Bogor線系統に運用されていますが、ジャカルタ滞在中においてはBekasi線に203系が運行されていました。

下の写真はJatinegara駅付近を走るBekasi線の203系で、運用表上ではBekasi線には203系の運用はありません。
なお、写真の203系はマト51編成で、帯の黄色が剥がれてしまい、元の色であるエメグリ塗装がすっかり見えてしまっています。


203系の運用は基本的に以下のとおりですが、他の形式と同様に常にこの運用に充当されるとは限らず、列車の遅延、故障などでも運用が変更されることが多くありますのでご注意ください。
(Jak=Jakarta Kota、Dp=Depok、Bjd=Bojong Gede、Boo=Bogor、Jng=Jatinegara、Du=Duri)

運用番号18
Boo5:48→Jak7:09 7:21→Boo8:42 9:08→環状線経由→Jng11:05 11:21→環状線経由→Dp12:56 13:13→環状線経由→Jng14:46 14:56→環状線経由→Boo16:59 17:35→Jak18:57 19:12→Boo20:34 21:05→Jak22:26 22:39→Boo0:00

運用番号19
Dp5:46→Bjd5:57 6:07→Jak7:16 7:21→Dp8:22 8:38→Jak9:34 9:51→Boo11:12 11:35→環状線経由→Jng13:33 13:53→環状線経由→Boo15:52 16:31→Jak17:52 18:02→Boo19:23 20:08→Dp20:32

運用番号20
Dp5:10→Boo5:34 6:02→環状線経由→Jng8:00 8:09→環状線経由→Dp9:42 9:52→環状線経由→Jng11:25 11:35→環状線経由→Boo13:34 13:58→Jak15:19 15:34→Dp16:30 16:41→Du17:37 17:49→Boo19:08 19:54→Dp20:13

運用番号23
Dp5:30→Boo5:54 6:26→環状線経由→Jng8:26 8:40→環状線経由→Boo10:39 11:01→環状線経由→Jng13:01 13:16→Boo15:15 15:44→Jak17:07 17:16→Boo18:37 19:10→環状線経由→Jng21:08 21:30→環状線経由→Dp23:04

下の写真はManggarai駅南側のBogor線で撮影したもので、この付近でも稀にPKDが居ることもあります。Bogor線から環状線に入る列車は基本的にJatinegaraまで行きますので、1つの列車を追いかける方はその後Jatinegaraで撮影するのも良いかもしれません。


下の写真はBogor駅ですが、どの列車も折り返し時間がおおよそ20〜30分ありますので場合によってはツーショットが楽しめるかもしれません。ただしPKDにはご注意ください。



祝−南武線の快速運転、稲城長沼まで延長

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本日もジャカルタ、マニラの話題を述べようと思っていましたが、皆さんもご存知のように来年3月15日に実施されるダイヤ改正の内容が発表され、南武線の快速運転区間が登戸から稲城長沼に延長されることになりましたので、本日はその話題について述べたいと思います。


南武線の快速列車は2011年4月9日(本来は2011年3月12日からでしたが)に33年ぶりに復活し、現在、快速の運転区間が川崎〜登戸間ですが、今度のダイヤ改正により稲城長沼まで延長されるとともに、その区間内の稲田堤に停車し、中野島、矢野口については通過となります。
同時に登戸折り返しになっている各駅停車についても、稲城長沼まで延長運転が実施され、快速の通過となる中野島、矢野口の運行本数については現行と変わりませんが、上り快速列車から矢野口駅への利用者にとっては稲城長沼において隣のホームに停車している各駅停車に乗り換えるという不便さを強いられる可能性もありえます。
また、快速列車の所要時間は川崎〜稲城長沼間で約30分と2分短縮し、川崎〜立川間においては約47分になる見込みです。
現時点ではこれ以上の詳細なダイヤ改正の内容はわかりませんが、皆さんが期待しているようにどこかの駅で快速列車が各駅停車の列車と接続し、追い越しを行うのかどうかというと、私の個人的な予想ではそのような緩急の接続は実施されないのではないかと推測しております。
今後は更に快速運転区間が終点の立川に延長されれば、どこかの駅で緩急の接続を実施することがあるかと思いますが、将来、立川まで果たして延長されるのかどうか期待したいところです。


ところで、南武線の最近の話題がご無沙汰でしたので、簡単にご報告したいと思います。
まずは毎年恒例の川崎市内の小学校を対象にした修学旅行列車が11月を中心に運転されました。
今年7月時と同様に使用された車両は185系の6両編成で出庫時に南武線入庫の列車との並びを見ることができました。


7月時にも述べたかと思いますが、この修学旅行列車を南武線内で撮影する上では順光になるようなところはないと思われ、またまた南多摩で狙ってみました。


続いて、11月30日のことになりますが、青梅〜鎌倉間にN101編成による快速「鎌倉紅葉」号が運転され、南武線内で今では貴重となった国鉄色の183系が見られました。


最後に、川崎市民の足南武線様からもご報告いただいているとおり、稲城市内の連続立体交差事業もいよいよ大詰めを迎え、残す第2期区間の上り線高架化が22日から23日にかけて実施されますが、駅施設もほとんど完成し、あとは上り仮線から上り高架線への切替工事を待つだけとなっているようです。


南多摩駅においてもほとんど完成しています。
今回も時間がありましたら、この切替工事のレポートを行いたいと思っていますが、深夜の寒い中でのレポートはきついものがありますので、我慢のできる範囲の中で行動したいと思っています。



PNRのコミューター区間、Sta.Rosaまで延伸

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1週間ほどご無沙汰してしまいましたが、本日からすこしずつ12月のマニラ・ジャカルタの話題を報告していきたいと思います。
ジャカルタの話題は途中でありますが、本日はマニラの話題を少々お届けしたいと思います。
PNR(フィリピン国鉄)のマニラ周辺では、Tutuban〜Alabang間(28.09km)で平日は30分間隔で運行され、Tutuban〜Biñan間(39.76km)においては1日1往復の列車が運行されていますが、そのBiñan発着の列車が今月23日から隣駅であるSta.Rosa(起点から43.76km)発着に変更され、コミューター区間が4km延伸されました。

私がマニラ・ジャカルタに滞在していたのは12月6日から15日まででしたので、そのSta.Rosa延伸の様子を撮影することができませんでしたが、7日にSta.Rosa駅まで行って駅周辺の様子をウォッチングしてみました。
プラットホームや駅本屋は9月訪問の時点でほとんど完成していましたのであまり変わりはありませんが、駅のTutuban寄りに貧弱ながらも100mほどの機回し線が設置されていました。


駅南側の旧国道踏切近くでは、現在もスケーターが発着しており、このスケーターに乗車したことはありませんが、原則的にここから隣の踏切まで運行されており、さらに遠くへ行きたい場合は隣の踏切からさらに次の踏切まで別のスケーターが運行されていますので乗り換えることになります。それが嫌な人は特別料金を支払えばどこまでも行ってくれるようです。


Tutuban〜Sta.Rosa間に運行されている列車の時刻はSta.Rosa4:54→Tutuban6:40とTutuban18:37→20:23の1往復のみで、夜間、列車はSta.Rosaに滞泊していると思われます。
今後、早ければ来年1月頃にでもSta.RosaからさらにCalambaまで延伸されることが予定されており、列車の本数も増発する計画がありますが、稼働できるDLの車両(稼働可能、不可能もあわせて計15両)が少ないため、今のところフリークエントサービスを行う上で困難な状況のようです。

Tutubanの車庫で長らくお休みのキハ59「こがね」も23日のSta.Rosa延伸に伴い、祝賀列車として使用されたようで、下の写真は12日に撮影したものですが、祝賀列車として抜擢されることもあって、前面と側面の一部がブルートレインのような濃い青色に塗り替えられたようです。


これ以外のPNRの話題は、また、時間がありましたら、ご報告させていただきたいと思っております。

PNR(フィリピン国鉄)近況報告

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今年もあと残すところ数時間となり、今年を振り返ってみると私個人的には結婚、子供の誕生といろいろあり、趣味のほうに没頭できるような環境であはありませんでしたが、そのような忙しい中でも国内では地元の南武線や横浜線、103系を追い求め、海外においても例年どおりフィリピン、インドネシアにも滞在し、各地の状況をレポートできましたので、是非、来年も引き続きこれらを中心にレポートしていきたいと思っております。

今年最後のレポートは、先日、PNRのコミューター区間がSta.Rosaまで延伸したということをお伝えしましたので、全般的なPNRの話題を簡単に報告したいと思います。
と言っても今回はマニラにおいて自由な時間が1日しか取れず、かつPNR本社訪問時においてPNRのクリスマスイベントと重なってしまい、担当者から詳しい情報を教えてもらうことができませんでした。
ただ、Tutuban構内の撮影は許可が下りましたので、何枚か写真を掲載し、簡単に説明したいと思います。

12月12日5時30分頃にジャカルタ発のセブパシフィッック航空でマニラに到着し、すぐにタクシーでBuendia駅を目指し、Buendia駅からPNRに乗車しTutubanへ向かったものの、途中Españaで降りてみました。
Buendiaから乗車した列車は203系の第5編成であり、España駅に到着するや否やその姿を撮影してみましたが、警備員が私のところに近寄って来て、「駅構内は撮影禁止です」と言われてしまいました。


ジャカルタと同様、ここマニラにおいてもPNRやLRT・MRTの駅構内での撮影は原則禁止になっていますので、この駅のTutuban寄りにあるEspaña Ave.でしばらく撮影を楽しんでいました。
203系は全列車のうち約6割程度が充当されており、最近ではかなりの確率で見ることができ、すっかりマニラの街にも溶け込んでいるようになりました。


Tutuban駅に到着するとしばらくしてキハ52国鉄色が入線しましたので、駅員に発車時間を聞いてみると「9時37分」というので、Tutuban駅から1km北側に急いで行ってみました。
このあたりでは下りと上り列車がちょうど擦れ違う箇所でもあり、Tutuban方面の列車に遅れがなければツーショットの撮影も可能ですが、この時はもう少し北側で擦れ違っていました。


Tutubanを9時37分に発車した列車はAlabangまで行って折り返し、Tutubanに約2時間30分後の12時5分に戻ってきますが、この時は定刻よりも10分ほど遅れてやって来ました。
なお、キハ52国鉄色は頻繁に運用に入ることがなく、Rotem製DMUと203系の助っ人的な存在であり、おそらく臨時的に運用に充当されているものと思われます。


Tutuban駅構内及び車庫内の撮影許可もいただき、車庫内へと進みましたが、9月訪問時とあまり変わった様子は見られず、203系については7編成分まで整備されているにとどまり、8編成以降は見ることができませんでした。


唯一、新潟色で残っているキハ52-123は部品取用車両でありますが、相変わらず同じ場所に留置され、少々草臥れた感じもありますが、今のところ原形をとどめています。


今年は以上でありますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ジャカルタの103系を追いかけて

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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年は横浜線・南武線にいよいよ新型車両のE233系が投入され、従来の205系が地方路線やジャカルタへと転出されるのか、登場から既に50年を経過する103系にも注目し、今年もこれらの車両を中心にレポートしたいと思っています。

本日は昨年12月のジャカルタ・マニラ訪問時の出来事について述べていきたいと思いますが、ジャカルタにおいては私自身103系を中心に追いかけましたので、「ジャカルタの103系を追いかけて」と題して、その一部の撮影記をお届けしたいと思います。
今回のジャカルタ遠征は12月9日から11日の丸3日間滞在しましたが、9日、10日は撮影許可証を入手の上、Bukit DuriやDepok車庫に留置されていた103系や205系などを中心に撮影し、最終日の11日は中央線・Bogor線や環状線・Bogor線でほぼ毎日運行されている103系1編成を追いかけてみることにしました。
まずは確認する上で最も相応しいManggaraiへと行ってみることに。以前もお伝えしましたように駅構内やその周辺ではPKDのお兄さんたちや駅員が見張っており、見つかると問答無用に「ここは撮影禁止です」の一点張りですので、そのようなトラブルは御免ということで、Manggarai駅から南に約500mの所で待ち構えることにしました。
すると約15分経過したところでBogor方面から運良く103系が来ました。問題はこのあとですが、この103系が中央線に入るのか環状線に入るのかですが、中央線であれば約1時間後にここManggaraiに戻ってきますが、環状線であれば通常Manggaraiの隣駅であるJatinegara行きとなりますので、このあとJatinegara付近や環状東線で撮影することもできます。
目を凝らしManggarai駅を発車した白い車体の103系の動きに注目していると、列車は緩やかに左へと曲がり消え去っていきました。ここで約30分撮影したのち、私も列車で隣駅のJatinegaraへ行ってみることにしました。


Jatinegara駅に到着すると線路沿いを歩きながら撮影できるところを探していましたが、撮影ポイントであるカーブで上手く撮影できる自信もなく、この付近にある機関庫にはPKDのお兄さんたちが見張っていることから、無難に機関庫の脇でPKDに見つからないようにしゃがんで103系を待っていました。
すると先程Manggarai駅付近で撮影した103系が約1時間後にあらわれ、無事に撮影することができました。


急いでJatinegara駅へ戻ると103系が折り返しの準備をしており、後続の203系もちょうど到着して、JR形式どうしのツーショットも撮影できました。


つい撮影に夢中になり過ぎて、半年前に導入したICカードをタッチしていませんでしたので(入場記録がない状態)、103系の乗務員に「Tunggu sebentar ya!」(ちょっと待っててね)と言って、駅本屋まで行ってカードをタッチし、慌てて103系のところに戻るとすぐにドアは閉まりました。
今回、ジャカルタの103系に乗車するのはこれが初めてでしたが、どうしても1度は乗車してみたいということもあり乗車してみたのですが、このあとどこで降りて、どこで撮影しようかと考えているうちに103系は環状線をひたすらゆっくりしたスピードで走っていました。

環状東線は中央線と違ってジャカルタの庶民的なエリアを走り、ところどころ線路上に不法占拠の家屋なども見られます。


いろいろと考えているうちに長距離列車が発着するPasar Senen駅で降車し、タクシーで先程のManggarai駅に戻ることにしました。

Pasar Senen駅ではコミューターも以前はおそらく真ん中のホームを使用していたかと思うのですが、現在では外回りのコミューターは最も東側のホームを使用しています。


Pasar Senen駅に到着するや否や列車が来ないことを確認し、PKDの連中がいないことも確認の上、103系の前を横切って停車中のところを撮影してみました。


このあと、Pasar Senen駅前を横切るJl.Supraptoでタクシーを捕まえてManggarai駅へと戻り、先程、撮影したところへと戻ってきました。思ったよりも列車はゆっくりしたスピードで走っていたようで、この場所に戻ってから約15分後に先程乗車した103系がやって来ました。


103系はBogor行きでしたので、その戻りをBogor近くで撮影しようということで後続の列車で追いかけ、Bogorの2つ手前のBojong Gedeで降車し、Bogor寄りに約500mほど離れていたところで103系を待っていましたが、ほとんど被らないはずであると確信し、撮影に期待を膨らましていたところ、日頃の行いが悪いのか糞KFWに見事に被られてしまいました。トホホ........


このあとも103系を追いかけたのですが悪い事は重なるもので、これ以上述べるのはツライところもありますのでこの辺にしておきますが、ジャカルタでKRL(電車)を撮影する上でのコツは最低限時刻表は必要かと思いますし、地図の持参、地理的な情報もある程度あたまに入れておくと効率的かつ良い写真が撮影できるかもしれません。

また、KCJには列車の位置を示す情報をウェブサイトや駅(Juanda駅など)で確認することもできますし、さらにKRLの運用があると特定の編成を追いかける私のような者にとっては有効な手段かと思います。

下はKCJ管内の列車位置をリアルタイムで提供されており、基本的には運用どおり走っているようで、遅れが出た場合、日本の鉄道会社で実施しているような運用変更や途中の駅で折り返すというようなことをせずに遅れをそのまま引きずり、列車によっては1時間以上も遅れを引きずって運行されているようです。
(項目は左から列車番号、行き先、発車時刻、位置、番線)


下の運用表は公表できませんので、ほんの一部をお見せしますが、このような運用表もあると撮影する上では便利かもしれません。


祝ー横浜線E233系デビュー

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先日12月のマニラ・ジャカルタ訪問の話題を全部お伝えできていないところもありますが、私の現在の地元を走る横浜線での話題をここでお伝えしたいと思います。

各種ウェブサイトやブログでも情報は既に出ておりますが、先日7日にJ-TRECから横浜線用E233系が出場しました。私も仕事の忙しい中、逗子までその姿を見るため行ってみました。


車両の前面とサイド中央の帯部分には「YOKOHAMA LINE」と書かれ、その横には葉っぱをモチーフしたと思われるロゴのようなデザインが付けられておりました。
横浜線の車両は根岸線内も走ることから誤乗防止の上からこのようなものも付けられたのかもしれませんが、今年7月デビュー予定の南武線にも同様にこのようなデザインが付けられるのかどうか気になるところです。南武線にも取り付けられるとしたら京浜工業地帯の煙突はないだろうと思いますが、多摩川のせせらぎか名産物の梨をあしらったものになるのでしょうか。


反対側の偶数方は下の写真のとおりです。
編成は東京方からTc6016 MM''6416 T6016 MM'6016 T'c6016で、組成の構成は横浜線の205系と同じであり、M6016には予備パンタ1基が搭載され、T6016には非常用梯子も搭載されています。


話しは変わりますが、E233系導入に伴うものなのか先月3日と10日に209系MUE-Trainが横浜線の小机〜八王子間に入線し、試運転が実施されました。


小机では折り返しのため中線に入ったことから205系との貴重な並びも見られ、沿線でもこの209系入線はやはり珍しいのか数々のギャラリーの姿も見られました。


今後、E233系は営業が開始される2月16日には少なくとも4編成分が使用され、今年8月頃までには28編成が出場し、全ての205系と置き換えられる予定ですが、従来の205系の今後も気になるところで、それらの車両が地方路線への転出が実施されるのか、埼京線と同様に一部の車両がジャカルタへ送られるのか注目です。
また、先月末のインドネシアの新聞の記事によると2014年からPT.KAIはINKAから新車約1,000両を購入すると記述されていましたので、横浜線205系や南武線205系のジャカルタへの譲渡に暗雲が立ち込め始めており、果たして本当に実現されるのかどうか、E233系がデビューする2月16日以降の205系に注目していきたいと思っております。

南武線、稲城市内高架化完成

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昨年末の話しになりますが、南武線の稲城市内で進められていました連続立体交差事業による第2期区間(稲城大橋交差部付近〜多摩川橋梁)約2.4kmの上り線切替工事が12月22日から23日にかけて実施され、稲城市内が完全に立体交差化されました。

この事業の最後の大きなイベントということで、22日夜に登戸〜立川間をウォッチングしてみましたが、気がついたところを簡単にご報告したいと思います。
おおよそ今から2年前に実施された第2期区間下り線の切替工事時と同様に南武線の運行については、川崎〜登戸間と登戸〜矢野口間、府中本町〜立川間の3区間に分け、川崎〜登戸間ではほぼ平常運転、登戸〜矢野口間は単線運転で約35〜45分間隔、府中本町〜立川間においては約25〜35分間隔で運転されました。また、矢野口〜分倍河原間についてはバスによる代行輸送が実施されました。

まずは、矢野口から登戸へ行ってみることにしましたが、この区間の列車に抜擢されたのはナハ38であり、登戸行きの場合は行先表示を「登戸」、矢野口行きの場合は「矢野口」という行先表示がありませんので「臨時」が表示されていました。また、この区間は下り線を使用して1閉塞区間として単線運転が実施されたため、滅多に体験できない逆走運転を体験することができました。
車掌もこの時ばかりは開ける扉を間違えないように慎重に業務を実施していたようで、乗客に対しても扉が逆に開くアナウンスが行われ、駅においても登戸方面の列車ですと丁寧なアナウンスが実施されていました。


登戸駅においては、1番線が登戸〜矢野口間の列車用、2・3番線が川崎方面行き用として使用され、矢野口行きは運行間隔が相当開くことから改札口にお手製による発車時刻を掲示して案内が行われていました。
下の写真にもあるように発車案内板の上にある南武線の路線図ですが、3月のダイヤ改正から快速列車の運転区間が登戸から稲城長沼に延長されることから、この路線図もダイヤ改正時と同時に変更されるのでしょうか。


再び列車で矢野口に戻ってみることにしました。矢野口駅前には何台かのバスが待機し、分倍河原まで南武線と並走する川崎街道、府中街道などを通るバス代行輸送が実施されていました。この代行輸送を担ったのが京王バスで、他の会社のバスは今回見られませんでした。


矢野口からスクーターで府中本町へ行ってみることにしましたが、途中、稲城長沼駅の様子を見るため、稲城長沼へ寄ってみました。稲城長沼では仮上り線のホームが切断され、改札口から跨線橋を渡らずショートカットできるように新たな通路づくりが行われていました。


これによって駅本屋から下りホームまでの距離が今までよりも短くなりましたが、駅本屋の位置は現在も変わっていないものの2月中には高架下に移設されるようです。このあと多摩川橋梁に近い高架切替工事分岐部の工事の様子を見るため富士通の跡地から眺めようとしたのですが、暗闇で足下がほとんど見えず水溜りもありましたので、結局、現場までたどり着けず、線路の反対側から見上げる形となり、ほとんど良い写真は撮影できませんでした。この工事の様子をご覧になりたい方はリンクさせていただいている「走れ我らが南武線」様のホームページをご覧いただければと思います。


府中本町から立川まで往復乗車してみましたが、この区間の運用に充当された編成はナハ5・35・42・44の4編成であり、全て205系のオリジナル車が充当されていました。上り方面の列車については2011年の快速列車運行開始と同時に「府中本町」の行先表示も追加され方向幕が一新されたため、普段はあまり見ることのできない南武線の「府中本町」行きが見られました。


ここまでは高架切替時の様子をお届けしましたが、1月5日も南武線ウォッチングを行ってみました。
先程も説明しましたが、足下が暗くて工事の様子を見ることができないとお伝えしました富士通の跡地からは、高架切替後も下の写真のとおり撮影することができます。ただし、手前のほうには背丈の高い草が生い茂っていますので、夏になると撮影できないかもしれません。


稲城長沼駅付近の上り線については、本線が設置されていないため、上り中線(2番線)を代わりに使用していますが、駅進入時と出発時に分岐器があるため45km/hの制限となります。


稲城長沼駅の川崎方は武蔵中原駅と同様にダブルクロスの分岐器が設置されていることから、将来的にも下り中線(3番線)からも川崎方面に発車可能になると思われます。3月のダイヤ改正時から現在データイムに運行されている各停「登戸」行きが、各停「稲城長沼」行きとして延長運転が実施され、上り本線が完成するまではこの下り中線を使用して折り返すものと思われます。


稲城長沼駅下りホーム立川方で上り線の列車を撮影する上では、邪魔な架線柱などもありませんし、先程も述べましたように制限45km/hとなっていますので、私のような撮影が下手なものでもある程度それなりに撮影することができます。E233系も7月から登場しますので、少なくとも1枚はここで撮っておきたいものですが、上り本線が完成してしまうとここでの撮影は減ってしまうかもしれませんね。


最後に稲城長沼駅上り仮線の姿ですが、ご覧のとおり柵で囲われ入れないようになっています。今後の予定では稲城長沼駅の上り本線の完成予定は2015年春頃で、事業担当者の話しでは完成時期は今回の上り線高架切替の完成時期のように早期には完成できないようです。おそらく完成は予定どおり2015年春かと思われますが、稲城長沼2面4線化完成のあかつきには快速列車の運転区間が稲城長沼からさらに終点の立川に延長され、川崎〜立川間を僅か40分で結ぶということになるのか期待が膨らむところです。
ちなみに上り仮線の線路跡は側道として整備され、2015年度末に完成するようです。


駅本屋の東側には川崎街道に通じる南北の都市計画道路が整備され、駅前広場も整備される予定です。

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